「図案」から「デザイン」そして「デザイン思考」へ

親子三代でデザインに関わってきたので、ふと親父は何故その道へ進んだのかなと思い始め、日本でのデザイン教育の歴史を調べ始めました。親父が学んだ昭和初期の時代、私が学んだオイルショック前に時代、息子が学んだ平成の時代と。それぞれの時代がデザインの捉え方への変化とリンクしている事も良くわかりました。日本でも明治時代の新聞記事の中でも既に「デザイン」の言葉が使われていたり親父が在学している頃の在校生の作品内にも英語としての「DESIGN」は使われていますがやはり世の中の流れとしては戦後以降「デザイン」の言葉が使われ始めています。その中でも印象的だったのが昭和26年(1951年)松下幸之助がアメリカ視察から帰国した際に「これからはデザインだ」と言ったとか。因みに大学の学科名称として一番早く使ったのは昭和29年の武蔵野美術大学で商業美術科からデザイン科への改称でした。京都芸術大学は昭和38年に図案科をデザイン専攻に、金沢美術工芸大学は4年生大学になった昭和40年に商業美術を商業デザイン専攻に改称。東京芸大は昭和50年に工芸科内にデザイン科を設置していました。